01:00:08 その方は一体何物だ。この峨眉山といふ山は、天地開闢(かいびやく)の 昔から、おれが住居(すまひ)をしてゐる所だぞ。 それも憚(はばか)らずたつた一人、ここへ足を踏 み入れるとは、よもや唯の人間ではあるまい。さあ命が惜しかつたら、一刻も早く返答しろ。」
03:00:05 と言ふのです。 しかし杜子春は老人の言葉通り、黙然(もくねん)と 口を噤(つぐ)んでゐました。「返事をしないか。――しないな。好し。しなければ、しないで勝手にしろ。その代りおれの眷属(け んぞく)たちが、その方をずたずたに斬つてしまふぞ。」 #sougofollow
05:00:34 神将は戟(ほこ)を高く挙げて、向うの山の空を 招きました。その途端に闇がさつと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空に充満(み ちみ)ちて、それが皆槍や刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしてゐるのです。 #sougofollow
09:00:03 神将はかう喚(わめ)くが早いか、三 叉(みつまた)の戟(ほ こ)を閃(ひらめ)か せて、一突きに杜子春を突き殺しました。さうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑ひながら、どこともなく消えてしまひました。 #sougofollow
11:00:04 <五> 杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れてゐましたが、杜子春の魂は、静に体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。 この世と地獄との間には、闇穴道(あんけつだう)と いふ道があつて、そこは年中暗い空に、 #sougofollow
12:00:08 氷のやうな冷たい風がぴゆうぴゆう吹き荒(すさ)ん でゐるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯(ただ)木 の葉のやうに、空を漂つて行きましたが、やがて森羅殿(しんらでん)と いふ額の懸つた立派な御殿の前へ出ました。 御殿の前にゐた大勢の鬼は、
14:00:03 杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまはりを取り捲いて、階(き ざはし)の前へ引き据ゑました。階の上には一人の王様が、まつ黒な袍(き もの)に金の冠(かんむり)を かぶつて、いかめしくあたりを睨んでゐます。これは兼ねて噂(うはさ)に 聞いた、 #sougofollow
16:00:03 閻魔(えんま)大王に違ひありません。杜 子春はどうなることかと思ひながら、恐る恐るそこへ跪(ひざまづ)い てゐました。「こら、その方は何の為に、峨眉山の上へ坐つてゐた?」 閻魔大王の声は雷のやうに、階の上から響きました。 #sougofollow
17:00:03 杜子春は早速その問に答へようとしましたが、ふと又思ひ出したのは、「決して口を利くな。」といふ鉄 冠子の戒めの言葉です。そこで唯頭を垂れた儘、唖(おし)の やうに黙つてゐました。すると閻魔大王は、持つてゐた鉄の笏(しやく)を 挙げて、 #sougofollow
18:00:04 顔中の鬚(ひげ)を逆立てながら、「その方はここをどこだと思ふ? 速(すみやか)に 返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責(かしやく)に遇(あ)は せてくれるぞ。」と、威丈高(ゐたけだか)に罵(の のし)りました。 #sougofollow
20:00:04 が、杜子春は相変らず唇(くちびる)一つ動かし ません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言ひつけると、鬼どもは一度に畏(か しこま)つて、忽ち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞ひ上りました。 地獄には誰でも知つてゐる通り、
21:00:05 剣(つるぎ)の 山や血の池の外にも、焦熱(せうねつ)地獄といふ 焔の谷や極寒(ごくかん)地獄といふ氷の海が、真 暗な空の下に並んでゐます。鬼どもはさういふ地獄の中へ、代る代る杜子春を抛(はふ)り こみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、
23:00:11 焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵(き ね)に撞(つ)か れるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸はれるやら、熊鷹に眼を食はれるやら、――その苦しみを数へ立ててゐては、到底際限がない位、