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ジョルジュ・バタイユさん(@G_Bataille_jp)
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06/19(水)
19 tweets
17時
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ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
我々は交流しようとする。しかし、私たちの間のどんな交流(コミュニケーション)も、ある根本的な差異を除き去ることは不可能であろう。あなたが死ぬとしても、死ぬのは私ではないのだ。私たちは、あなたも私も、非連続の存在なのである。
16時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
評論『低俗唯物論とグノーシス派』で公表した石は、グノーシスの石、バジリットの石、或いは〈アブラクサス〉という伝統的な名称で知られている。それらの判定や命名は、このアブラクサスという名を起源としており、それはグノーシス主義者バジレイデスにまつわる伝説や神話に見られるものである。
15時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
一瞬、幸福感は私を酔わせ、泥酔させる。私は咽喉いっぱいに幸福を叫び、歌う。白痴の私の心の中で、愚かさが歌うのだ、咽喉を大きくあけて。 「おれの勝ちだ!」 『青空』
14時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
誰一人として、断末魔の父の苦悩を構いつけなかった。しかし、今もやはり、私は信じている、私は信じている、彼は敢然と立ち向かっていたのだ。親父の盲た (めしいた)微笑のなかには、ときどき、なんという《悲壮な誇り》が!『眼球譚』
13時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
想像に反して、色彩と鮮明さに欠けた、ただ太陽で射てつけられ、炸裂する輝きを帯びた空の下で、そして時として、それは現実のものとは思えぬ様相を呈しだす。けだし光線の炸裂と、熱気の集中は官能の解放を、紛れもなく肉体の柔らかい湿りを連想させるからだ。『眼球譚』
12時
2 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
四裂きにされ精液で溢れた陰門から男根は後退することなく、腰も砕けんばかりに、私達をお互いに引き裂いた絶頂感の激しさは、牡牛のそれにも引けを取らなかった。『眼球譚』
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
※G_Bataille_jpはボットです。バタイユの主要著作から抜粋した言葉をランダムに呟きます。一部字数の関係上要約した部分もあります。呟く言葉については随時更新していきます。
11時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
対象は「禁止」であり、聖なるものであって、この対象を欲望の的たらしめるのは、他ならぬ対象の上にのしかかっている禁止なのだ。聖なる人肉嗜食は、欲望を作り出す禁止の基本的な例であろう。禁止が肉に風味を添えるのではないが、「敬虔な」人肉嗜食者が肉を食うのは、ひとえに禁止の為だ。
10時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
私の思考は、根本的に「思考それ自身に対する絶えざる反抗」である。-非-知と反抗-
09時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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G_Bataille_jp
6月19日
何を書こうが私は失敗する。私は意味の明確さと諸々の可能事の限りない-狂気じみた-富とを結合しなければならないからだ。このダナイデスの仕事に私は無理強いされている。しかも陽気に?そうかもしれぬ。私は今後、可能事の極限に釘付けされたものとしてしか、私の生を考えることはできないからだ。
08時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
この卑俗な(超キリスト教的な)見方において神の本質は、「賭けの中にあること」、「自らを賭けの中に投じること」である。結局、人間だけが残ることになる。これは、滑稽な表現を用いれば、一般化した受肉[=神が、人類各人の中に現れること]ということになる。『好運への意志』
07時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
「君たちは、私の体にあたって暖をとろうというのか。忠告しておく、あまり近づいてはならない。さもないと手に火傷をしてしまうぞ。なぜって、見たまえ、私は、あまりに熱く燃えているのだから。全くやっとのことで、自分の炎が体の外に噴き出ないようにしているのだ。」(ニーチェ)
06時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
私はもう嫌だ。私は呻く。これ以上私の牢獄には耐えられない。語りながら 私の心は苦い。私の喉を占める言葉また言葉、向こうへ行ってくれ、放してくれ。私が渇望するのは別のことなのだ。私は死を希っている、こんな言葉の覇権を 認めることを希ってはいない。この、恐怖もない 鎖の繋がりなどは。
05時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
先史学が旧石器時代後期と名づける時代の、初期ではないにしても前半期のものと推定されるラスコー洞窟は、完成された人類というものの始原に位置することになる。「ラスコー人」に対してこそ私達は初めて、芸術作品を作り出した以上、この人々は私達によく似た人間だと言い切ることができるのである。
04時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
精神が己自身から顔を背け、いわば背を向けて、その頑固さの中で自己の真実の戯画となるのは、私の目にはさほど驚くべきことでもない。たとえ人間が嘘を必要とするにしても、要するに、それは人間の勝手というものであろう!多分自尊心のある人間も、人間の集団には溺れるのだ。『エロティシズム』
02時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
肝要なのは可能事の極限である。神自身がもはや知ることが出来ず、絶望し、殺戮するようなあの極限である。『内的体験』
01時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
頃合を見計らって、グラネロは進み出た。牛の注意をケープに引き寄せながら、彼は獣の憤りを弄んだ。説教的な声援のうちに、若者は怪物をケープの中で一回転させるのだった。獣が突撃の構えで彼の方に身を起こすたびに、指一本の差で彼はその恐ろしい衝突をかわすのだった。『眼球譚』
00時
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ジョルジュ・バタイユ
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6月19日
E_Levinas_jp 私と君とでは、私の言う〈未知のもの〉、つまり〈知〉にとっての「不可能なもの」に直面するという思考の根本的条件を共有しているね?
ジョルジュ・バタイユ
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G_Bataille_jp
6月19日
※G_Bataille_jpはボットです。バタイユの主要著作から抜粋した言葉をランダムに呟きます。一部字数の関係上要約した部分もあります。呟く言葉については随時更新していきます。
06/18(火)
23 tweets
23時
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ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
ぐるぐる回りながら踊ったのを思い出す。跳びはねながら、床板を足で踏み鳴らしながら。相手に挑む感情の中で、滑稽な狂気の感情の中で。この踊り-サルトルを前にしての-は、私自身の中では、一枚の絵(ピカソ『アヴィニョンの娘達』)の思い出と結びついている。『好運への意志』
22時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
如何なる賭けへの投入も、如何なる供犠も、肉欲の過剰と同じように、力(force)の消失であり、消費であるのだから、我々は、自分に消費が生じるそのたびごとに、空約束であろうとなかろうと、利得の約束によって、この消費を理由付けせざるを得ないのである。『ニーチェについて 好運への意志』
21時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
私たちがはまり込んでいる居たたまれない状況の中で、かつては聖戦(征服、十字軍、宗教戦争)や革命を呼びかけては力強く響いた人間の声が、これまでになく深刻に訴えかけるべき動機があるのに、もはやその力の影すら発揮できないということは、奇妙なことである。-広島の人々の物語-
20時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
私は笑った。笑いに笑った。あたりが二重に見え、頭がぐらぐらした。『青空』
19時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
世の中には、動かしがたい確立された価値を全面的に転覆せしめるということを考えて、むやみに興奮する人たちがいる。そういう人たちにとっては、史上で最も破壊的な人物-サド侯爵-こそ最も人類のために奉仕した人物だった、などと気楽に言うことも可能であるに違いない。『エロティシズム』
17時
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ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
この卑俗な(超キリスト教的な)見方において神の本質は、「賭けの中にあること」、「自らを賭けの中に投じること」である。結局、人間だけが残ることになる。これは、滑稽な表現を用いれば、一般化した受肉[=神が、人類各人の中に現れること]ということになる。『好運への意志』
16時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
核実験の規模は、想像力を動顛させるが、その悲劇的な効果は、確実なものであるだけ感性的な表象には無縁なものだ。-広島の人々の物語-
15時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
哲学は一つの綜合的な活動という意味で可能性の総和でしかないか、しからずんば無であります。繰り返して申しますが、哲学は一つの総合的な活動という意味で可能性の総和であるか、さもなければ無なのです。ヘーゲルにとって哲学とは、まさにこのようなものだったのではないかと思われます。
14時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
個々の存在はひとりで生まれ、ひとりで死ぬ。ある存在と他の存在との間には深淵があり、非連続性がある。この深淵は、たとえば私の話を聞いているあなた方と、あなた方に話をしている私との間にも在るのだ。
13時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
神秘哲学に関しては、私はある明確な関心しか、具体的に言うなら能力を過信していない精神分析医がその患者に抱くような関心しか持っていないことを断っておきたい。実際、勘を頼りにしても無益であろう。勘は易々と、最も惨めな誤りや欠点をもたらすのが落ちなのである。-低俗唯物論とグノーシス派-
12時
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6月18日
「死と慣れ親しむためには、淫蕩な観念と死とを結びつけることより以上の良策はない」(サド)
11時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
私としては、神の抱く憎悪とは時間のことだと言ってもいい。しかしそれは私には面白くもないことだ。何故私が時間などと言い出すことがあろう?私は神のあの憎悪を私が涙を流す時にこそ感じ取るのだ。私は分析などは一切しない。『内的体験』
10時
1 tweets
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6月18日
私が決して忘れることができないのは、現に起こっている事、現に在る事を、眼を開いて正面から見据えようとする意志に結びついた、暴力的で驚異的なものである。もし私が極端な快楽も、極端な苦痛も、少しも知らないとすれば、私は現に起こっている事も知りえないに違いない。『エロティシズム』
09時
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6月18日
「ラスコー人」は、精神と精神との交感が始まるあの芸術の世界を無から創り出した。
08時
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6月18日
ラスコーは最も古い時代の絵画の、まさに一番美しい、一番無傷な総合的効果を見せてくれる。利害を超越した芸術作品という、この深い、しかし謎めいた交感に与らせるだけの力を最初に持った人々がどんな生活をし何を考えていたか、この壁画以上にその間の事情を明かしてくれるものはないというべきだ。
07時
1 tweets
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6月18日
絶望、狂気、愛、嘆願における共犯の感情。交流の、非人間的な、髪振り乱した歓喜。なぜなら、絶望、狂気、愛-真空の切れ端に至るまで、絶望、狂気、愛でないものはなく、さらには、笑い、眩暈、吐き気、死に至るまでの自己喪失でないものはないのだ。
06時
2 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
仔細に眺めれば、キリスト教におけるサタンはかなり崇高なもの(聖なるもの)に近く、罪そのものさえ神聖と完全に無関係なものとは認めがたいことを、直ちに指摘しておかねばならぬ。『エロティシズム』
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6月18日
※G_Bataille_jpはボットです。バタイユの主要著作から抜粋した言葉をランダムに呟きます。一部字数の関係上要約した部分もあります。呟く言葉については随時更新していきます。
05時
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6月18日
「おお、全ての贈与する者らの不幸!わが太陽の蝕!おお、欲望への欲望!おお、飽和のさなかにあって私を責め苛む飢え!」『内的体験』(ニーチェ『ツァラトゥストラ』「夜の歌」よりの引用)
03時
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6月18日
生殖する存在は、互いに他のものであり、生まれてきた存在は、彼らが彼らを生み出した存在とは別のものであるように、彼らたちの間でも互いに別のものである。
02時
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ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
犠牲における外部の暴力が暴き出すものは、血の流出と器官の噴出という形のもとに眺められた、存在内部の暴力である。この生命に満ちた血や器官は、解剖学がそこに見るものとは何の関係もない。科学ではなくて、内的体験のみが、古代人の感情を再び取り戻すことを可能にするだろう。『エロティシズム』
01時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
文学の表現するものとは、まさしく悪の極限の形態-なのだが、その悪こそ、私達に取って至高の価値を持つものだと私は考えている。しかしそうだからといって別に道徳の不在を主張しようというのではない。むしろこれは「超道徳」を要求するものである。-文学と悪-
00時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月18日
死はこの上もなく恐ろしいものであり、死の仕事を持続することは最大の力を必要とすることである。(ヘーゲル)
06/17(月)
25 tweets
23時
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ジョルジュ・バタイユ
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6月17日
一般に犠牲の行為とは、生と死とを一致させること、死に生の迸出を与えること。生に死の重みと眩暈と抜け道とを与えることであるそれは死と混り合った生であるが、しかし犠牲においては同時に、死は生のしるしであり、無限への抜け道なのである。 『エロティシズム』
22時
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ジョルジュ・バタイユ
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6月17日
反抗の本質的課題は、奴隷の拘束から人間を開放することだ。-非-知と反抗-
21時
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6月17日
書くことは無力だ。私には娼婦の素顔と裸の体がないために、人間生活はそれ自体がうわべであり、放蕩によって初めて真の姿に返されるということを、十分に下品に語ることができない。
20時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月17日
この私そのものが戦い(Bataille)である。
19時
1 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月17日
「人間生存する以前に太陽が既にあった」とか、「当然ながら太陽は世界より先には存在しなかった」とか、私(とメルロ=ポンティ氏)には、どうしてそういうことが言えるのかが分からない。この命題では、太陽はあったけれども人間はいない、つまり主題はあっても対象がないのだ。
18時
2 tweets
ジョルジュ・バタイユ
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6月17日
恐慌状態(叙述の領域でのもの)と無頓着状態(行為決定の領域では実用的に全面的であり、感性の領域では現実的であるもの)との平行線は、十年前とほとんど同じである。原子爆弾が引き起こし得る諸結果が、大げさに誇張されはしなかったろうか。-広島の人々の物語-
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6月17日
※G_Bataille_jpはボットです。バタイユの主要著作から抜粋した言葉をランダムに呟きます。一部字数の関係上要約した部分もあります。呟く言葉については随時更新していきます。
17時
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6月17日
何を書こうが私は失敗する。私は意味の明確さと諸々の可能事の限りない-狂気じみた-富とを結合しなければならないからだ。このダナイデスの仕事に私は無理強いされている。しかも陽気に?そうかもしれぬ。私は今後、可能事の極限に釘付けされたものとしてしか、私の生を考えることはできないからだ。
16時
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6月17日
こんなことで決して挫折させられはしない。今に見給え。再び我々の意志は結集され、熱情のボイラーは爆発するだろう!(ナチス軍がパリに殺到する数日前に岡本太郎に言い放った言葉)
14時
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6月17日
聖堂は死骸のように横たわる…。
13時
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6月17日
私は、娘がドレスを脱ぐようにして思考する。思考は、その運動の極点では破廉恥であり、猥褻そのものである。
12時
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6月17日
[超キリスト教的な]世界観に従えば、神から離れ、落ち来たるものは、もはや人間ではない。神自身(或いは全体性と言っても良い)だ。この見方において神は、神概念と同程度のものを内包している。いやむしろより多くを内包している。ただしこの「より多く」は神そのものである故に自分を無化する。
11時
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6月17日
一切は戯れであり、存在は戯れであり、宇宙は戯れである。神という観念は出来が悪く、その上耐え難い、というのも当初は時間の外にあって、戯れでしかありえなかったのに、人間の思考によって、戯れとは正反対の創造とそれに伴い一切のものに結び付けられてしまったのだから。-非-知と反抗-
10時
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6月17日
…グラスいっぱいのジンの中に 祝祭の夜 星屑は天から墜ちる 私はゆっくりと味わいつつ電火を容れて 私は爆発的な大笑いをするだろう 『有罪者』
09時
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6月17日
世界史の流れにおける二つの決定的事件。一つは道具(或いは労働)の誕生、もう一つは芸術(或いは遊び)の誕生だ。道具の方は、もはや動物ではないが、まだ完全には現行の人間ではない者、ホモ・ファーベルの手に成るものである。芸術の方は、現在の人間と共に、ホモ・サピエンスと共に始まった。
08時
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6月17日
1922年5月7日、マドリードの闘牛場ではラ・ローザ、ラ・ラランダ、そしてグラネロの闘牛が行われるはずだった。メキシコ人ベルモンテ、ラランダ、そしてグラネロが当時スペインの最も偉大な闘牛士だった。一般には、グラネロが最優秀とされていた。『眼球譚』
07時
1 tweets
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6月17日
核実験の規模は、想像力を動顛させるが、その悲劇的な効果は、確実なものであるだけ感性的な表象には無縁なものだ。-広島の人々の物語-
06時
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6月17日
私が(絶対知を「真似て」)自身の中にヘーゲルの循環的運動を達成すると、私は、到達された限界線を超えて、もはや未知のものではなく、認識不能のものを定義することになる。理性の非充足性という事実から生ずる認識不能のものではなくて、そもそもその本質からして認識不能のものをだ。『内的体験』
05時
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6月17日
太陽怪獣の死は円滑に完うされた。万雷の拍手が鳴り止まない内に、生贄は、酔っ払いのようにふらつきながら、ひざまずき、やがて脚を空方に投げ出し、ぶっ倒れ、息絶えた。『眼球譚』
04時
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6月17日
私はハイデッガーの立てたあの問い[=なぜ存在があって、無があるのではないのか?]の前に立たされる。私としては、この問いは不充分だとずっと前から考えていたので、もう一つ違う形で、問いを発してみようとした。つまり、なぜ私の知っていることがあるのか?という問いである。
03時
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6月17日
生殖する存在は、互いに他のものであり、生まれてきた存在は、彼らが彼らを生み出した存在とは別のものであるように、彼らたちの間でも互いに別のものである。
02時
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6月17日
一体誰が好運を賭けずして、好運を見ることができるというのか。私の文章を読んでくれている君、君が誰であろうと構わない。君の好運を賭けたまえ。私がしているように慌てずに賭けるのだ。今これを書いている瞬間に私が君を賭けているのと同様に君も賭けるのだ。
01時
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6月17日
生殖は死に緊密に結びついている。いずれも魅惑的なものであり、その魅惑によってエロティシズムを支配しているところの、存在の連続性と死とが同じものであると言うことを示すには、存在の生殖と死について語るべきであろう。
00時
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6月17日
個人と集団の対立が、或いは善と悪の対立が表す高次の困難、そして一般的に言って、通常我々が否定することによってのみ脱している途方もない矛盾、こういった困難や矛盾を思いのまま克服しうるのは、ただ好運の一撃-賭けの大胆さの中で与えられた一撃-だけだと私には思えた。『好運への意志』
ジョルジュ・バタイユ
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6月17日
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